天地の声 令和八年八月
- 8月1日
- 読了時間: 8分
Vol. 26# 8
明治三十七年七月三十一日、堀尾保治師はご神縁をいただき初めて甘木の教会に参拝されました。二十歳でした。数年前から胃腸の病気にかかりました。そしてあちこちと医師を訪ね、祈祷・呪術・神信心と、うろうろと心も定まらず前途の希望も光明も影を失い、悲観絶望で闇疲れた心身を、親先生(初代甘木教会長、安武松太郎師)の前に投げ出しておすがりしたのです。
堀尾保治師は入信したころの体験を話してくださいました。
教会に参拝したら、熱心に信心を続けている人たちが大勢いて、神様のおかげの体験談や感想を聞きました。わたしはそれを聞きながら、「親先生(安武松太郎師)のご理解」を中心に、ひたすら参拝を重ねていきました。
そして、驚くようなおかげの事実も、目の前で見せてもらいました。参拝を始めて三、四十日ほどしたある日、教会から帰ってきた母の顔が険しく、不満そうでした。そして、母はこう言いました。 「先生は、“あなたたちは神様のありがたいことが分からないから、おかげがいただけない”って言われた」 「でも、あなたの病気が治ってないのに、何がありがたいの?」 「しかも大勢の前で言うなんて、恥ずかしい。無理なことばかり言われてるみたい…」
わたしは、先生の言いたいことは分かる気もしました。けれど母は「我が子の病気を治してほしい」という願いが先に立っていて、気持ちがついていかないのも当然です。自分自身も、はじめのころは疑いがあったため、母を「納得させるほどの確信」までは持っていませんでした。 そしてわたしは、心の中で「これは困った」と感じていたのです。
それでも数日たつと、母はまた教会に参拝してくれます。 そして次第に、おかげをいただいていきました。 やがて母は、最終的に「親先生に本当にお礼を言えるようになった」と言うまでになったのです。 わたしも、その変化に自分の心も少しずつ動かされていきました。
季節は移り、天地の恵みが一番実りの多い時期になっていきます。 田畑は豊かになり、人々の暮らしも整っていくころです。 それなのに、わたしは不思議と、気持ちが沈む方向に引っ張られることがありました。
金光大神の教えに、 「心配する心で信心をせよ」 「痛いと思う心でも、ありがたいと思え」
「悪いことを言って待つな、先を楽しめ」と教えているのに、 当時の自分はなかなか素直に受け取れません。 出来事が起きても、 「そう見えるだけかもしれない」 「別の理由があるんじゃないか」 と自分で考えてしまい、疑いを打ち消そうとして必死になる。
人には大したことがないような話でも、わたしにとっては真剣に苦しかったのです。 ついにわたしは決心し、先生に、自分の疑いを包み隠さず打ち明けよう、と。 十一月の下旬。夜のご祈念が終わり、参拝者が帰った後、恐る恐るこう言いました。 「実は…神様がいるのか、いないのか、分からないように思います」 先生は、驚いたような顔で笑いながら言いました。 「今ごろ、そんなことを考えているのかね」 そして先生は、保治自身、病気から解放されおかげを蒙ったことを例に挙げます。 「体が良くなったのは、神様のおかげじゃなかったのか」 「薬の効果だと言うなら、では金神障りを受けた経験はないか」 わたしが「そんなことはない」と答えると、先生はさらに言いました。 「夏以来、今日まで、はっきりしたおかげがいろいろ起きている」 「無心の幼児が、親の信心で助かったり、田畑や蚕のことでも、疑いようのない霊験がある」 「神様がいないなら、祈っても何も起きないはずだ」 そして先生は、たとえ話をします。
夜の十一時なら、甘木の町の人はほとんど寝て戸を閉めている。でも戸を叩いて「もしもし」と言えば、家の中では起きて返事が返ってくる。もし空き家なら、いくら叩いても返事はない。つまり先生は言うのです。 「神様がいるから、打てば響くようにおかげが現れるのだ。どう思う?」わたしは正直に答えました。 「不思議な霊験があること自体は否定できません」「でも、それが“天地すべてを生かす神様のおかげ”かどうか、うまく結びつかないんです」先生はしばらく黙って聞いたあと、にこにこしながら、しかし力強く言いました。
「あなたの考えのまま進めると、結局こうなる」 「金光大神が詐欺師の親玉、天地金乃神が詐欺師の提灯持ち、ということになる」 「そんなことが、あり得るだろうか」 「神あってわが身なし、氏子あってわが身なし」 「神の心そのままに、ご苦労している金光大神様が、そんな怪しい者に見えるはずがない」 先生の言葉はやわらかいのに、わたしの胸を強く打ちました。 「すまぬ、恐れ入る…」 わたしは、慙愧(ざんき)と悔悟が胸いっぱいにこみ上げるのを感じたのです。 その晩の問答はそこで終わりました。 時計が十二時を打ちます。
先生にお礼を言って席を立ち、わたしは一人で帰ります。外は夜寒を感じるほどでした。帰り道で、心に残ったのは先生からの指針でした。 「教祖を信ぜよ!!」 わたしは、自分の疑いの正体に気づきます。神様は声も姿も見えない存在。 その見えない神様を、目の前に示してくださったのが、金光大神様だった。 教祖が直覚され、感得されたのが天地金乃神。 それを、言葉(ことば)と行いで表してくださったのだ。 それを「頭では納得できない」と疑い、切り離そうとしていた。
そのことが、何より重かったのです。特に先生が言った一言が刺さっていました。 「教祖を詐欺師(さぎし)と思うか?」 わたし自身、口ではそう思っていなかったとしても、心のどこかに「疑う気持ち」が残っていた。その疑いが、自分の信心を薄くしていたと悟ったのです。
そして堀尾師は最後にこう結びます。 宗教を浅く見てしまう幼い考えに、自分が振り回されていた。 そのせいで、尊い教えを信じきれず、自分の信心を傷つけてしまっていた。
今になって思えば、本当に申し訳ない。だからこそ、心からのお詫びをして、 真の信心を皆に伝えたい――そういう気持ちで、この話を語りました。
1) 「信心のはじめは誰でも疑う」が肯定される
堀尾保治先生は、以前「祈祷・呪術・神信心」などをさまよい、希望を失っていた。
さらに甘木教会初代(親先生)への信頼が深まる前は、信じきれない・受け入れられない状態があった。 つまり彼は、「最初の疑い」や「理解できなさ」は異常ではなく、むしろ信心が育つ過程として扱っています。 疑いは“敵”というより、成長の途中で起こるもの。
2) 「おかげ」は“都合の良さ”ではなく“神の働き”として現れる
母の反応(「病気が治ってないのに何がありがたいの?」)が描かれます。
それでも母が参拝を続け、最終的に「親先生に本当にお礼を言える」までに変化する。
また堀尾先生自身も、季節が巡る中で気持ちが沈み、疑いで苦しむ。おかげは一度で完結せず、受け取り方が成熟するにつれて見えてくる。
3) 信心の核心は「心配・疑い」を“信心の邪魔”として扱う
金光大神の教えとして、次のような方向性が示されます:
「心配する心で信心をせよ」
「痛いと思う心でも、ありがたいと思え」
「悪いことを言って待つな、先を楽しめ」
しかし堀尾先生は、起きたことに対して
「そう見えるだけかもしれない」
「別の理由があるんじゃないか」
と考え、疑いを打ち消そうとして苦しむ。“出来事の説明”ではなく、“信心の態度(心の向き)”が問題だった。
4) 先生との問答で「疑いの正体」に気づく転換点がある
最大の安武松太郎先生の言葉です。
「神様がいないなら、祈っても何も起きないはずだ」
「打てば響くように、おかげが現れる」
さらに決定打:「教祖を詐欺師と思うか?」
「神あってわが身なし」「氏子あってわが身なし」などの論理
ここで堀尾先生は、自分の疑いを自己分析します:
神様は見えない(声も姿もない)
だからこそ、**金光大神(見えない神を“言葉と行いで示すもの”)**が鍵になる
それを「頭では納得できない」と疑って切り離そうとしていた疑いは“神そのもの”への直接否定というより、教祖・教えとの結びつきを拒む心にあった。
5) 結論は「お詫び」と「真の信心を皆に伝えたい」
最後に堀尾先生は、
自分が宗教を浅く見て振り回された
尊い教えを信じきれず傷つけてしまった
心からのお詫びをして、真の信心を伝えたい
と語ります。
まあるい心で 金光大神の教え |
子供のことは親が頼み、 親のことは子が頼み、天地のごとし、 あいよかけよで頼みあいいたし。
親が口うるさく言うのは、幸せになってほしいという願いがあってのこと。 親の立場になって物事を思うのは簡単ではないけれど、そうさせてくださいと神様にお願いすると、不思議とさせてもらえる。 |
こころの練習帳 |
028 お世話になった寝具たちに |
私たちが寝ている間に働いてくれているのが寝具です。 目が覚めたら、布団やベッドに「お世話になったね。 ありがとう!」と声を掛けて、 感謝の気持ちを込めながら、きれいに整えましょう。 きっと気持ち良く寝られますよ |
日々の改まり (甘木初代教会長安武松太郎師の教歌) |
「ことごとに なめてこそ知れ 物の味 わたりゆく世も かくぞとぞ思う」 |
この歌は、あらゆる「物の味」は、味わってわかる。
世の移り変り(喜びも苦しみも)経験して分かる。
「かくぞとぞ思う」は、物の味も、人生の移り変わりも体験して
全てを知ることが大事だ、と言っている。
信心しながら、酸いも、辛いも、甘いも体験していれば、人の苦しみも分かる。あなたの経験が、神心となって人を助けることが出来ます。「一人を助ければ一人の神。十人助ければ十人の神」
金光教ガーデナ教会からのお知らせ
午前礼拝・清掃・信徒会例会
8月2日(火)9:00 a.m.礼拝を行います。
礼拝後、教会の内外を清掃し、心を清めましょう。
清掃後に信徒会の例会を行います。
どなたでもご参加いただけます。
月例祭・「伝記金光大神」学び会
月例祭は**8月9日(金)10:00 a.m.**に行います。
礼拝後、「金光大神の伝記」についての学びの時間があります。
英語第6章(111ページ)**から話し合いを始めます。
参加者の皆さんは、ご自身の本をお持ちください。
ガーデナ教会 事業委員会 学び会(GCWC)
GCWCは**8月23日(日)10:00 a.m.〜2:00 p.m.**に開催します。
参加をご希望の方は、埋ノ江師までご連絡ください。
チキン照り焼き販売
チキン照り焼き販売は9月20日に行います。
詳細はチラシをご覧ください。
皆さんにお会いできるのを楽しみにしています!
金光教ロスアンゼルス教会からのお知らせ
月例祭
月例祭は、ガーデナ教会と合同で開催します。
8月9日(金)10:00 a.m.
すべてのご家族・個人の皆さまを心より歓迎いたします。




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