天地の声 令和八年七月
- 4 日前
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Vol. 26# 7
お知らせに飛ぶ
願う氏子の心で頼め
さる六月十四日、月例祭の後、伝記金光大神 (From Farmer to Founder)での勉強会。
この勉強会でとても興味ある討議だったのでおさらいして見ましょう。
明治五年七月二十八日、神は、 「天地金乃神の道を教える生神金光大神社を立てぬけ、と手厚い氏子たちに申しつけよ。金光大神、拝むというな。願いを神さまにお届けしてあげましょう、と言うがよい。願う氏子の心で頼め、と話して聞かせよ。わが心におかげはあり」 P. 250 |
日本語と英語の部分で、この段落の記事を比べると、多少ニュアンスが違う点があったので、両方を見ながら重要な点を明確にしてみました。
立てぬけ: このお知らせは、金光大神やその周辺の氏子の間に布教を巡って混迷が続けば続くほど、天地金乃神の道を取次ぐ生神金光大神社を迷わずに立てるよう命じている。前年の明治四年(1871) 政府の指令により既存の神社は統廃合され、金神社も存立の根拠を失った。このことが、「金光大神社」を、それら神社とは異質の信仰共同体として、強く意識させることになった。そうした混迷が続くほど、生神金光大神社を迷わず立てるよう神から命じられた。
「天地金乃神の道を教える生神金光大神社を立てぬけ」とあるのは、教える中身が「天地金乃神の道に一本化されるべきであり、教義の中心的線を固定する神の願いであり、その中身は「道理を解く、理解のよりどころを与える、氏子が従う軸をつくるための材料にする」という働きを持ち、天地金乃神の道を取次ぐ場として機能し続けることを徹底するよう命じている。
拝むというな:次に、神は「金光大神、拝むというな。願いを神さまにお届けしてあげましょう、と言うがよい。願う氏子の心で頼め、と話して聞かせよ。わが心におかげはあり」と続けた。
金光大神が表立って祈念を行えない状況下で、信心のあり方を模索する中で、かえって開けてきたのが、理解を中心とした説諭のあり方であり、そしてめいめいがわが心を神に向けて願うことでおかげを頂くというあり方だった。そこに見いだされた「わが心におかげはあり」という信心の筋合いは、金光大神の信心の独特な内容として、以後終生、信心の基軸となった。
「金光大神、拝むというな」は、要するに“金光大神が前に出て祈ったり拝んだりする形”をやめよという指示です。これは、明治政府方針(布教差し止めなど)で金光大神が公に活動できない状況ともつながります。
代わりの方法:「願いを神さまにお届けしてあげましょう、と言うがよい。」 「拝むな」だから終わりではなく、つまり、金光大神は“祈る人”ではなく、願いを神に届けること(取次)を語る役として理解するのが要点になります。
願う氏子の心で頼め:「頼め」と命令形で示されており、金光大神の拝み(行為)に依存するのではなく、願う本人が、自分の心を神に向けて頼むことが大事 ということです。「願う信者の心で頼め」は、かなり強い教えで、
わが心におかげはあり: が外部から降ってくるというより、 自分の心の向き・信心のあり方の中に、おかげが現れる という核心になります。
以前は:金光大神が“代わりに祈ってくれる人”のような立て付け
これからは:あなた自身が“神に気持ちを向けて願う人”になる
その結果:その人の心の中に“おかげ”が生まれる
この神伝は:
「おがむというな」
「願う氏子の心で頼め」
「理解を中心とした説諭」
「わが心におかげはあり」
となります。これは、安政六年十月二十一日の神伝にある、
「この方のように実意丁寧神信心いたしおる氏子が、世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ。神も助かり氏子も立ち行き。氏子あっての神、神あっての氏子、末々繁盛いたし、親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行き」を具体的に取次のいただき方を現しています。
*「あいよかけよ」とは神と人とが、生神金光大神の取次ぎをとおして、あいよかけよで立ち行く道のことである。
この神伝は、生神金光大神取次を通して神と人との対応関係を語っています。この度はちょっと教義的文章になりましたが。我々信心をさせていただく者はこの道理を自覚することが大切なので記載しました。
埋ノ江信治
まあるい心で 金光大神の教え |
17 おかげは和賀心にあり。 和は「やわらぐ」、賀は「よろこぶ」という意味が有ります。 起きてくることを、神様にお願いしながら受け入れる稽古をすると丸い心になることができ、おかげにつながります。 |
こころの練習帳 |
027 ゆっくり飲む |
たとえばお茶を飲むときは、色や香りを確かめながら口に含み、目を閉じて舌の受けで転がし、茶畑の風景を思いうかげます。ゆっくり呑み込んで、胃に下がっていく感触を確かめます。水でも牛乳でも味噌汁でもいいのです。 一口30秒かけて飲めば、いつもと違う味わいがありますよ。 |
日々の改まり (甘木初代教会長安武松太郎師の教歌) |
「日は一日 すさび来るにける 人心 誰ぞか救わむ いまの世のさま」 |
日は一日とは、時、日に日に過ぎてゆく(日々は移り変わる)
「すさび=乱れ(結果として人心が傾く)」しかし、この言葉の後に、「誰ぞか救わむ いまの世のさま」ときている。ここでは荒んだ心”悩みや苦しみによってすさんでしまっている多くのいるこのいまの世のあさまを、誰か助けてくれと、読むのが自然の流れだと思う。日々移り変わる今のこの世に、荒んだ心”悩みや苦しみによってすさんでしまっている多くの人々が助かりを求めている。それを誰が助けるのか!とこの短歌は語り掛けている。安武松太郎師は、この歌は自分への戒めと、常に心掛けておられる思いが伝わってきます。
付属:
「人心」
「人の心(人々の気持ち、世の中の有り様)」を指す
「誰ぞか救わむ」
「誰が救えるだろうか/誰が救うことができようか」
誰もいない(=救いが難しい)という嘆きの形になりやすいです
「いまの世のさま」
「今の世の有り様(この世の混乱・乱れ・苦しさ)」
日々は過ぎていくのに、人々の心は乱れ、救いを与えられるのは誰なのか——それが「今の世の有り様」だ。
金光教ガーデナ教会からのお知らせ
朝参り並びに掃除、信徒会会議
七月五日、午前9時から朝の礼拝を行います。朝の礼拝の後は、皆と共に教会の内外を清掃して心を磨きましょう。昼食後は信徒会会議を行います。
七月月例祭
金光教ガーデナ教会は、七月十二日、午前10時より、お広前にて月例祭をお仕えさせていただきます。ご家族、友人をお誘いの上参拝されますようご案内申し上げます。昼食の折、七月生まれの方々のためにケーキで誕生祝いの儀を行いますので申し出てください。
GCWC勉強会
ガーデナ教会GCWC勉強会は、七月十九日、午前10時より午後2時まで行います。昼食の後ご伝記金光大神の勉強会を行います。参加される方は各自From Farmer to Founder をご持参ください。
金光教ロスアンゼルス教会からのお知らせ
七月月例祭
金光教ロスアンゼルス教会は、七月十二日、午前10時より、ガーデナの広前にて月例祭をお仕えさせていただきます。ご家族、友人をお誘いの上参拝されますようご案内申し上げます。昼食の折、七月生まれの方々のためにケーキで誕生祝いの儀を行いますので申し出てください。
金光教北米研究情報所会議 ( Research Information Center) 会議
金光教北米研究情報センターは七月二十五日と二十六日の両日、教義研究、情報収集を午前十時から午後四時まで行います。




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