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天地の声 令和八年五月

  • 21 時間前
  • 読了時間: 7分

Vol. 26# 5

天地金乃神大祭 ご参拝のご案内

金光教ガーデナ教会並びに金光教ロスアンゼルス教会の合同祭典として、天地金乃神大祭をお仕えいたしますので、ご案内申し上げます。5月10日 午前10時より執行

天地金乃神様は、天と地、そしてその間に生きるすべてのものを支え、育ててくださる神様です。太陽の光、あたたかさ、空気、水、食べ物など、私たちが毎日の暮らしの中でいただいている恵みは、みな天地金乃神様の大きなおかげの中にあります。

また天地金乃神様は、私たち一人ひとりを大切に思い、苦しいときや困ったときにも寄り添い、助かりへと導こうとしてくださる親神様です。

この大祭は、そうした天地金乃神様の広大なお働きと日々のおかげに感謝を申し上げるお祭りです。 あわせて、これからも神様とともに歩み、自分も人も助かる生き方へと進んでいけるよう、祈らせていただく大切な祭典でもあります。どうぞご家族おそろいでご参拝ください。皆さまとともに、天地金乃神様への感謝を新たにさせていただければありがたく存じます。


天地金乃神とは

(ご伝記金光大神 終章 金光大神の教えより)

神のはたらき: 天地は日々運行を重ね、それが昼夜の別、潮の満ち千、季節の変わりともなっている。また、天からは、光、熱、空気、水など限りない恵みが、あらゆるものに分け隔てなく注がれ、地は、それを受け止めて万物に住みかを提供し、物を生み育て、廃物を浄化していく。その恵みを受けて、天地の間には、数えきれない命が生まれ育ち、また、死んでいく。天地は、光、熱、空気、水、食物などを通して生物の中身にもなっていく。いのちのないもの、それぞれに天地を構成するものとして意味を持ち、役割を持っている。金光大神は、そのように天地を天地たらしめているものを、神のはたらきととらえた。

そして、金光大神は、天地が秩序立った動きをし、無限の広がりを持ち、はたらきが隔てなく遍満し、時間においても永遠であることをもって、神が揺るぎないもの、広大無辺であることを説いた。

天地に限りない神の恵みが、あまねく道渡っていることについては、種々な例を引き、具体的な話を織り込みながら、 「天と地の間に人間がいる。すなわち、天は父、地は母である。人間、また草木など、みな天地の恵みを受けて、地上に生きているのである」

「天地金乃神のおかげは世界いっぱいに満ちている。そのおかげがなければ空気がないのと同じで、人間は一時も生きてはいられない」

「目には見えないが、神の中を分けて通っているようなものである。畑で仕事をしていようが、道を歩いていようが、天地金乃神の広前は世界中である」などと理解した。また、常に変わることのない神のはたらきについては、 「天地金乃神は昔からある神である。途中からできた神ではない。天地ははやることがない。はやることがなければ終わりもない」と説き、天地金乃神は天地を天地たらしめている神であるから、「天地金乃神は、幾千万年、天地のあるかぎりただひとつであるけれども、他の神は年々に増える」「天地金乃神は神たる中の神である」と説いた。また、天地がそのまま神のはたらきの現れであるとして、

「天地金乃神のご神体は天地である。宮社に鎮まり納まっておられるのではない」と教え、確かな目で見れば、神の中にある一つひとつのものに、神のはたらきを感じることができる。そして、天地から命を与えられ、天地のいのちにつながって、人間をはじめ万物の命があるとして、「天地は生き通しである。天地が生きているから、人間もみな生きていられるのである」と説いている。

しかし、金光大神が理解をもって説いた天地金乃神の内容はそれにとどまらなかった。金光大神が金乃神と出会って以来、絶えずある意思をもって、人間に働きかけてくる神であった。人間の考えを整え、尽日の生き方に導き、難儀を救おうとはたらきかける神である。金光大神は、明治六年(1873)以降、起きてくることを何事もみな、神の意思による、神からの差し向けであると受け取った。

神が、意思をもって人間に臨んでいることは、「神は人間を救い助けてやろうと思っておられ、このはかには何もないのであるから、人の身の上に決して無駄ごとはなされない。信心しているがよい。みな末のおかげになる」と理解している。

また、金光大神によれば、神の人間に対する思いの中心にあるのは、「かわいい」という一念だった。それが「人間であったら、気の毒な者を見たり、難儀なものの話を聞けばかわいそうになあ、何とかしてあげたいと思うものである。神の心は、このかわいいの一心である」、「かわいいと思う心がそのまま神である。それが神である」という理解として語られている。

「天地金乃神は人間の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に合わせなさるのであろうか。わが子をもって納得するがよい」と、親子にたとえて、神と人とが説かれた。神は人の親のようなものだから、「神へは何でも願い。神は頼まれるのが役である」と語られている。

また、ひたすら人間の助かりを願い、どこまでも人間を抱きかかえるようにするところから、絶えず人間の難儀に付き添ってはたらく神である。

「人間がおかげを受けてくれなければ、神も金光大神も嬉しくない。人間がおかげを受けないで苦しんでいるようでは、神の役目が立たない。人間が立ち行かなければ神も金光大神立ち行かない」

「氏子信心しておかげを受けてくれ」これが天地金乃神様である。


まあるい心で 金光大神の教え

「過ぎたることを思い出して、腹立てくをするなよ」

嫌なことを思い出すと、人を責めたり、起きた出来事を悔やんだりしてしまいます。

だからこそ、今ある喜びを大切にし、これから先のことを楽しみにして過ごしたいものです。

「今を喜ぼうや。」

こころの練習帳

025 天気に不足を言わない

天気予報を見て、雨だったり、厚さ寒さが厳しかったりすると、つい不足を言いたくなりませんか。でもそれは、人智を超えた天地の営みに自分の都合を押し付けるようなもの私たちのほうが、天地のご都合に淡々と従っていくだけでいいのでしょう。

さて、今日の天気に合う服は?

日々の改まり

(甘木初代教会長安武松太郎師の教歌)

「み教おしえをかがみと

おのが姿すがたをば

うつしてぞみむ

日ひごと夜よごとに」

安武松太郎先生はご自分の信心の戒めを短歌で表せられた。自らの行いを自らの教えの鏡とみなし、日々自分を映して省みる決意。また、教えを手本とし、自己観察と自己修養を日夜続ける意志。を読み取ることができます。

1,身教えを鏡に映して、日々の生き方を省みる倫理観と修養の決意。

2,教えを手本に、自分の姿を映してみる実践を日夜続ける決意。

いずれも共通点は「心を磨く姿勢」で、ニュアンスが若干異なるだけ。共通の結論は、信心を軸に、常に自分を磨く生活を唱える詩的表現です。先覚高橋正雄先生の「見ること見ること 自分を見ること」という信心の語りと通じる意図を感じさせます。私は、この短歌を詠むたびに自分を見つめ直す機会としてきました。あなたもこの歌を自分の信心の鏡にうつして毎日稽古をしたらいかがですか?

金光教ガーデナ教会からのお知らせ

朝参り並びに掃除、信徒会会議

5月3日、午前9時から朝の礼拝を行います。朝の礼拝の後は、皆と共に教会の内外を清掃して心を磨きましょう。特にご大祭の前の日曜日全員参加で天地金乃神様にお礼を申しながら清掃に励みましょう。昼食後は信徒会会議を行います。


金光教ガーデナ教会理事会

5月3日、信徒会のミーティングの後、理事会の会議を行います。理事会員の方は参加されるようお願いします。


天地金乃神大祭

金光教ガーデナ教会は、5月10日、午前10時より、斎場にて天地金乃神大祭をお仕えさせていただきます。ご家族、友人をお誘いの上参拝されますようご案内申し上げます。


GCWC 勉強会

ガーデナ教会GCWC勉強会は、5月31日、午前10時より午後2時まで行います。


金光教ロスアンゼルス教会からのお知らせ

天地金乃神大祭

金光教ロスアンゼルス教会は、5月10日、午前10時より、ガーデナ教会の斎場にてガーデナ教会と合同で執り行われます。ご家族、友人をお誘いの上参拝されますようご案内申し上げます。


教会大掃除

金光教ロスアンゼルス教会の職宅と外回りの大掃除を、来る16日と、17日に執り行います。一人でも多く参加されますよう、お願い申し上げます。この大掃除がすんだ後は壁のペンキ塗りを行います。少しずつ教会の内外がきれいになってきております。教会で祭典をお仕えできる日が近まっております。さあ、あと少しです。皆のお祈り添え、ご奉仕よろしくお願いします。


北米教区布教活動報告

研究情報センター会議

金光教北米教区リサーチ インフォメーション センターの研究会が5月23日と24日の二日間により、教典用語辞典福島儀次著の英訳。福田美亨師の布教文復習。金光教教義研究などの研究情報会議が行われます。

 
 
 

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