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天地の声 令和八年九月

8月30日
読了時間: 9分

Vol. 26# 9

秋 季 霊 祭

来る九月十三日に、ガーデナ教会並びにロスアンゼルス教会の秋季霊祭を、午前十時よりガーデナ教会の斎場にてお仕えさせていただきます。季霊祭は、歴代金光教教主をはじめ、ガーデナ教会、初代教会長後藤勲先生ご夫妻、武田史郎二代教会長、三代武田貞子教会長、並びに、ロスアンゼルス教会、初代香取敏次教会長ご夫妻、二代露木大一教会長ご夫妻、三代教会長露木義久教会長。さらに、教会発展の為に尽された布教功労者の霊神様、教徒・信徒の霊神様方、その家族・親族の遠津祖先達諸々の霊神様方のご遺徳をたたえ、天地金乃神様の願いを受けて生神金光大神様の取次をいただき、天地の道理にかなった生き方を賜り、我らすべての上にお繰り合わせを蒙らせていた抱いていることに、お礼を申させていただくお祭りを、家族をあげてご祭典をいただかれますよう、ご案内申し上げます。

 なおこの度は、ガーデナ三代教会長武田貞子先生がご帰幽されて今年十五年になります。貞子先生は、初代教会長後藤勲先生と登茂与奥様の帰幽、更には夫である史郎先生のご用の後を受け継がれ、必死にご用に努めて来られました。先生はいつも控えめでしたが、初代教会長ご夫妻の教えを守り、「何事も神様が先ですよ」と教えられ、信者の願いを自分のこととして神様に懸命にご祈念しておられました、先生は教祖の教え(天地は語る)を熱心に勉強し、私たちを信心にご指導してこられました。貞子先生のご功績に思いをはせ、お礼を申し上げさせていただきましょう。

追伸:貴方のご家族のご先祖や関わりある霊様の名前と、亡くなられた日を、同封してある霊神簿に書き込み教会に持参されますようお願いいたします。


金光大神様のみ教え:

「ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご先祖の精霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。」

理解III尋求教語録87


金光教北米布教百周年記念挨拶

皆さん、おはようございます。

北米における金光教の布教100周年、誠におめでとうございます。

今から100年余り前、多くの日本人が北米へと移住してきました。その中には、金光大神様への信仰を持つ人々も数多くいました。彼らは金光大神様の教えへの信仰を分かち合い、集会を開くようになりました。そうした最初の信仰の集まりから数えて、今年は100周年の節目にあたります。

その後、「真道会」が結成され、専用の礼拝所が設けられました。先駆者や初期の信奉者の方々の多大なるご尽力により、各地に教会が建設され、やがて金光教北米教会の結成へとつながっていきました。

私たちが今日こうしてここに集えるのは、数多くの信奉者の皆様の信仰と、先駆者の方々の献身的な努力のおかげです。心より深く感謝申し上げます。  誠にありがとうございます。

北米金光教会の布教100周年を迎えるにあたり、私は、かつて金光教第四代教主であられた金光鑑太郎(かがみたろう)様から教わったあることを思い出しました。

それは私がまだ若く、ようやくの思いで金光教本部へ参拝できた時のことです。お結界の席には金光様がお座りになっていました。私はすぐに進み出て、取次をいただきました。

私が「金光様、無事に帰ってまいりました。誠にありがとうございます」と申し上げますと、金光様は温かく迎えてくださり、「お帰りなさい。参拝できてよかったですね」とおっしゃいました。

その折、金光様は多くの教えを授けてくださいましたが、その中に次のようなお言葉がありました。

「今、九州では『100年! 100年!』と人々が大騒ぎしていますが、あなたは『元(もと)』を忘れてはなりません。この道の『元』とは、教祖・金光大神様であり、神様金光大神の取次であります。

もしそれを見失ってしまえば、100周年の真の意味も消え失せてしまうでしょう。」

当時、金光様がなぜそのようなご教示をくださったのか、私はすぐには理解できませんでした。しかし、そのお言葉は私の心から離れることはありませんでした。北米における金光教の布教開始から100周年を迎える今、私はある言葉を改めて心に刻んでいます。

「『100周年』や『記念大祭』と声高に叫ぶことがあっても、この道の『原点』をおろそかにしてはならない。」

教祖・金光大神は、ご自身の生涯を超えて神の働きを顕現させることを願っておられました。それは次のような言葉に表されています。「この世を去らねば、真の神になることはできない。神に形がないように、私も死後は目に見える姿ではなくなる。」

このお言葉は、神を現す金光大神の取次の神、真の神になられることを指しています。神は、金光大神が生前そうであったように、死後もなお人々を救い続けることを望まれました。

それは、「生神金光大神は、取次によって神と共に永遠に生き、働き続ける。これこそが生神金光大神の永遠の徳である」という神のお言葉によって明らかにされました。

金光大神が帰幽されて今日で163年経ちました。そして北米布教から100年が経過した今日、私たちは神と金光大神が望まれたその永遠の働きを、真に現わしているでしょうか?

神の働きが十分に顕現していると言えるでしょうか?

私はそうは思いません。

神の働きの顕現は、先駆者や初期の信奉者たちの苦労によって可能となりました。しかし、今日の状況は異なります。その理由は何なのでしょうか。

ここで、生神金光大神による「取次」の意味について考えてみたいと思います。

まず、取次とは単に人々の問題を解決するための手段ではありません。

しかし現実には、その本来の目的が見えにくくなることがあります。人間の視点から見れば、取次とは、困難な状況にある人が解決を求めて取次者に頼り、その結果、問題が解決して願いが叶うというプロセスのように映るかもしれません。

そのため、取次の目的を単なる「人間の困難の解決」と誤解してしまう恐れがあるのです。

  • 神の願いと人の願いには違いがあります。

  • 神の願いは、信仰の根本的な理(ことわり)を伝えることです。

  • 人の願いは、現実の生活における苦難からの救いを求めることです。

こうした違いがあるからこそ、「取次」は神と人の間の隔たりを埋める働きをするのです。

もし取次が一方通行の営みになってしまえば、それはもはや真の取次とは言えません。単に「困った時だけ神にすがる」という、願い事をするだけの場に成り下がってしまうでしょう。

神は金光大神に次のように仰せになりました。

「信心する者に、神の教えを説くための金光大神の社(やしろ)を建てさせなさい。

金光大神よ、『信者に祈ってあげましょう』とは言ってはなりません。

そうではなく、『あなたの願いを神にお取次ぎしましょう』と伝えなさい。

そして、その意味をはっきりと説き明かすのです。金光大神の祈りに頼ってきた人々も、金光大神の取次を通して、自ら神に直接祈るようになるべきです。神の恵みは、その人自身の心の中にあるのですから。

同時に、金光大神を通して伝えられる神の導きや教えを、彼らに受け取らせなさい。」

このように、その教えに従って行動する人々には、必ずや恵みがもたらされると確信していただきたいと思います。

そこで本日は、皆様と共にKCNAの布教100周年を祝いたいと存じます。同時に、私たちは「原点」に立ち返り、神と人が共にあいよかけよで助かり立ち行く道を、誠実に歩んでいかなければなりません。

「原点」とは何かを真摯に考え、それを具現化する行動を起こすことによってこそ、この100周年という節目の意義が明らかになるはずです。

互いにおかげや恩恵を分かち合いながら、共に前進してまいりましょう。

皆様、誠におめでとうございます。                                               

埋ノ江信治




あるい心で 金光大神の教え

木のもとへ肥をやれば、枝ぶりまで栄える。

ご先祖や親を大切にすれば繁盛させて下さる。

私たちももとは親やご先祖様です。


もとを大切にすれば、子、孫と未来に続く安心の道を歩ませてもらえます。

ご先祖様や 親を 大切にせんとな~


こころの練習帳

029 こころのお掃除

部屋のホコリは見えても、こころのホコリは見えません。

思い通りにいかず、イライラしてしまうのは、こころのホコリの作業かも。

「今日も一日、まるいこころにならせてください」とお願いすれば、こころのホコリは神様が吸い取ってくださいます。

お部屋もこころもいつもきれいに。

日々の改まり

(甘木初代教会長安武松太郎師の教歌)

「ことごとに なめてこそ知れ 物の味 わたりゆく世も かくぞとぞ思う」

「生神の道を たどりて」

「生神」は生神金光大神のことで、「道」とは金光大神の教えと取れる。その道を「たどりて」とあるのは、求める/修める姿勢が感じられます。


「天地の」は、天と地の広大で根源、恵みととれます。「天地の」とは天と地との広大で根源、恵みと道理とを理解します。

 

「神の心の」は、人間を神のいとし子とし、「かわいいと思う心が、そのまま神である」


「奥がたづねむ」の「奥」は、核心・最も深いところ、道理と捉えます。


「たづねむ」は、“探る/訪ねる/確かめたい”という意志の言い回しで、神の本質、あるいは神の意図や真意を掬い上げたいという強い決意が表れている。生神の道を歩みながら、天地を成す神の“心の奥”を探りたいという、信仰の実践と、根源への探究が重なった詩です。


金光大神の取次ぎをいただきつつ、天地の神意深く求め、己の信心をただしそうとする姿勢が見られます。

金光教ガーデナ教会からのお知らせ

午前礼拝・清掃・信徒会例会

  • 8月2日(火)9:00 a.m.礼拝を行います。

  • 礼拝後、ご霊祭に向けて教会の内外を清掃し、心を清めましょう

  • 清掃後に信徒会の例会を行います。


秋季霊祭

  • 秋季霊祭を九月十三日10:00 a.m.に行います。

  • 下記に霊神簿を添付しておりますので、ご先祖の死亡時の年齢や月日をご記入の上、郵送いただくか、祭典当日までにご提出ください。



ガーデナ教会信徒会主催のチキン照り焼き販売

  • チキン照り焼き販売9月20日に行います。

  • 詳細は先月チラシをご覧ください。




金光教ロスアンゼルス教会からのお知らせ

秋季霊祭

  • 秋季霊祭を九月十三日10:00 a.m.に行います。

  • ガーデナ教会と合同で開催します。場所はガーデナ教会斎場です。


佐藤晃さんの情報

佐藤晃さんは八月の二十日まで金光教鶴港教会で、教会実習されてます。朝夕のご祈念はもちろんのと、共励会「信心語ろう会」にも参加され、晃さんの信心の御説教もされたそうです。


 
 
 

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